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2012年5月26日土曜日

8カ月ぶりにウズベク料理のお店「キシュラック」に夕食に行きました。前回行ったのは去年9月でしたが、ロシア語ゼロ、中央アジアの料理についての知識もゼロで、食事までに長い時間がかかりました(その顛末は9月13日付の記事「ウズベク料理」で)。今回はもっとスムーズ。飲み物にまず馬乳酒を注文し、野菜はビーツサラダとピクルスの2品、パンはボルサック(揚げパン)、肉料理はマトンのシャシリク、それにウズベク風炊き込みご飯を選びました。馬乳酒を初めて口にした娘曰く、「かつお出汁の味がする」。やっぱり・・・美味しい馬乳酒を飲むと私もそう思うのです。醗酵した酸っぱさのなかに、慣れ親しんだお出汁の味がするから不思議。馬乳酒に慣れてからは、それをすこしずつ飲みながら肉料理を食べるというのが好きになりました。口の中の脂が流れ、さっぱりする感じです。
食後は「チャイ・ス・マラコー」。ロシア語でチャイはお茶、スはwithのこと、マラコーはミルクです。カザフ人はミルクティーが好きなようで、カザフスタン風チャイと言えばまずこれです。日本の湯のみ茶碗をすこし大きくしたような器の糸底の部分を片手で持ち、お店のお兄さんがお茶を注いでくれました。飲む時も片手で飲むのが正式です。ヒトサシ指を茶碗の内側にかけ、あとの4本の指で茶碗の外側を支えます。日本だと注意されそうな飲み方ですが、こうして飲む紅茶は中央アジアのチャイの味です。
# by kouribakokara | 2012-05-26 11:31 | | Trackback | Comments(0)
2012年5月24日木曜日

大学1年生の授業が終わり夏休みになった娘が、昨日アスタナにやってきました。ニューヨークを出てから東京、ソウル、アルマティを経由しアスタナに着くまで、私は気もそぞろ。航空会社や乗り継ぎの飛行場のホームページを開いては発着状況をチェックし、途中の天候を確かめ、夜もなかなか寝付けません。娘が到着する直前まで、雲行きが怪しいアスタナの空を見上げて「雨降るな~」とか思うのです。
思い出すのは20年余り前。ナミビアで暮らしていた時に仲良くしていたマラウイ出身のご夫妻がいました。うちと同様、国際機関に勤務し海外を点々としながら子育てした方です。お子さんは男の子2人、女の子2人の計4人。そのうち3人は当時すでに大学生で、イギリスやフランスなどヨーロッパ各地の大学で勉強中。末っ子の高校生もイギリスで寮生活でした。なので、夏休みになるとあちこちの国からお子さんたちがナミビアにやって来ます。いつもはのんびり大らかな奥さんが、「子どもたちが飛行機に乗って飛んでいると思ったら、心配で心配で」と言われたのでした。その頃まだ30代前半だった私は、彼女の気持ちがわかるような、わからないような。私にもそんな日が来るのかなぁと漠然と考えていました。またたく間に時は過ぎ、自分の子どもたちが海外で暮らすようになった今、彼女の言葉をしみじみと思い返しています。
飛行機だけではありません。去年の秋、役目を終えた人工衛星の破片が地球に落下するというニュースを聞いた時も、私はNASAが発表した人工衛星の軌道をインターネットで調べ、娘や息子が住む場所の上空を通過するのか、いつごろ通過するのかと気になって仕方ありませんでした。落下物で怪我をする確率が32000分の1と聞いても、心配性の母親は「頭上に注意するように」とくだらないメールを子どもに送ったりするのです。
インターネットで細かな情報が手に入っても、母親の心配性は変わることはないのです。しかし、子どもは本当に適当。「飛行機は揺れなかった?」「知らない、爆睡してたから」「現金は持ってたの?」「ATMが見当たらなかったから所持金2ドル。カードがあれば大丈夫よ」・・・19歳の娘は私が思うよりずっとお気楽に旅してきたのでした。(写真はアスタナ国際空港)
# by kouribakokara | 2012-05-24 10:00 | Trackback | Comments(2)
2012年5月22日火曜日

アスタナでは陽射しが急に強くなってきました。ステップにある平坦な街に空から太陽光が垂直に注いでくるように感じます。そのうえ、アスタナの新しい建物はガラス張りだったり奇抜な色合いだったりで光を反射し、一層まぶしく感じます。本格的な夏になると、新市街地のキラキラはちょっと気が滅入りそうな予感です。

なかでもやはり目立つのはバイテレク。紅葉とバイテレク、雪景色のなかのバイテレクはそれなりに風情がありましたが、金色の展望台が青空に突き出している様子はアニメのようで今ひとつ。建設途中のロシア教会も真新しい金色の屋根。小さな教会ですが、遠目にもまぶしいです。そんな街にこんな車も(右写真)。初めは何かの宣伝カーかと思いましたが、そうではなかったようです。中からおじさんが、スマートフォンで話しながら得意げに降りてきました。そんなわけで近頃は偏光サングラスが手放せなくなってきました。雪道での運転用に買ったつもりが、むしろこれから役立ちそうです。
# by kouribakokara | 2012-05-22 10:31 | Trackback | Comments(0)
2012年5月20日日曜日

「○○というレストランに行きました~」とたまには書きたいと思いつつ、家で作ったもののことばかり書いています。でも外食しないわけではありません。友達とランチに行ったり、あらたまった席に出て食事をすることもあります。なので何も予定がない日は、つい自分で料理して家でご飯を食べようと思ってしまいます。アスタナも新しいレストランが急増中。イタリアンやフレンチ、和食、中華等あるそうですが、その類をアスタナで食べたいと思わないし、ホテルのバイキングのように何でも有りというのも私は今ひとつ好きではありません。反対に中央アジアならではの一品なら、距離も時間も厭わずに出かけ、庶民的なものから高いものまで味わってみたいと思います。
そんなこんなで野菜中心の家ご飯が続いていましたが、昨日の土曜日、私たちには珍しく「食べに出よう」ということになりました。中心街にある庶民的なロシア料理店に行くことにして車で出発。すこし離れた場所に駐車して通りを歩いていると・・・おや、初めて見る小さな食堂!中をのぞけばけっこうな賑わいです。「どんな料理があるのかちょっと見るだけ」と入ってみました。カウンターに様々な料理が並んでいて、お客が好きなものを取り分けてもらってお金を払うシステムです。ここで急に行き先変更。アスタナの普通の人たちが食べているものを食べてみたくなり、ランチをすることになりました。店員さんも列に並んだお客も、すぐに私たちが外国人だと察して苦笑い。選んだ料理の組み合わせも、ちょっと妙だったのかも。日本の飯屋に例えれば、サバの塩焼きとツナサラダを頼むような・・・。一皿も予想以上の大盛りでしたが、細かい説明をして減らしてもらう語学力がないため、結果はこんな風です。私のトレーはジャガイモと鶏肉の炒め物、ビーツサラダ、コンポート。夫はロールキャベツ(ご飯入りでした)とプロフ(炊き込みご飯)で、結局はダブルライス。価格は1人350円ほど。味はカザフスタンにしては珍しくちょっと濃い目でしたが、家庭的な味でした。
食後に食堂の隣で警察署を発見。どうりで頑強な感じの男性たちがたくさん食事をしていたはずです。ここに住んでいる間に、アスタナB級・C級の食堂マップでも作ろうかな~。でも、外国人の奥さんたちにはたぶん使ってもらえないと思います。
# by kouribakokara | 2012-05-20 12:47 | | Trackback | Comments(5)
2012年5月18日金曜日

最近よく夕食後に歩きます。昼間の外出はどうしても車なので、意識して歩かないと運動不足。良いことに、近くのイシム河に沿って気持ちの良い遊歩道が延々と伸びています。上の写真を撮ったのはすでに午後9時でしたが、こんな明るさ。夕食後の片付けが済んでも陽は高く、外では昼間のように人の声がしています。公園で小学生が自転車に乗り、赤ちゃん連れの若い夫婦がベンチでおしゃべり。そういえば、気温が上がってからは夜間にバイクで疾走する人も見かけるようになりました。日照時間がわずか6~7時間だった真冬と反対に、今は暗い時間が数時間。街全体が冬眠から目覚め、陽の光を楽しんでいるかのようです。冬の遅れを取り戻すかのように夜遅くまで建設現場では人が働き、公園では植栽の手入れが行われます。
写真はイシム河の向こうの大統領官邸やバイテレク、各省庁のビル群のシルエット(左上)。遊歩道で見つけたリンゴの木はちょうど花が満開です(右上)。整備途中の河岸から見えるのは、ハイヴィルに引っ越すまで仮住まいだったアパート(左下)。そして遊歩道にある銅像(右下)。市内各所に歴史上の人物の巨大なモニュメントがありますが、これはラクダに乗って楽器を弾くただのオジサンで親近感があります。
河沿いを1時間ほど早足で歩き終えるころ、ようやくあたりが薄暗くなり短い夜がやってきます。
# by kouribakokara | 2012-05-18 10:50 | Trackback | Comments(0)
2012年5月16日水曜日

この半年は久しぶりによくパースニップを食べました。パースニップは砂糖ニンジンとも言われ、白っぽいニンジンのような姿をした根菜です。セリ科だと聞くと納得の独特の香りとクセもあります。私がパースニップを知ったのはニューヨークで暮らした時。ハロウィーンの頃から市場に出始めるので、パースニップを見かけると「そろそろ寒い季節がやってくる」と感じたものでした。日本では一般的な野菜ではないので忘れかけていましたが、ここアスタナで再会。ヨーロッパが原産とのことなので、そちらから輸入されているのかもしれません。カザフ系の人たちが食べるのかどうかはよくわからないのですが、ボルシチなどの材料としてはリストされていることもあるので、ロシア料理には使われているようです。
いろいろな食べ方がありますが、私が一番好きなのは拍子切りにしたパースニップに刻んだローズマリーとにんにく、オリーブオイル、塩、胡椒を混ぜ、オーブンでローストするというレシピ。パースニップ独特の強くて甘い香りが部屋いっぱいに漂います。アスタナで手に入るパースニップは、ニューヨークのパースニップの何倍もの甘さ。サツマイモに負けないくらいの甘みです。さすがに5月ともなるとシーズンは終わり、見かけなくなってきました。
パースニップの切れ端からは、けっこう簡単に葉っぱが伸びます。写真のように水栽培して、しばらくの間はテーブルでグリーンも楽しませてもらいました。
# by kouribakokara | 2012-05-16 10:05 | | Trackback | Comments(0)
2012年5月14日月曜日

娘が、「若さに固執する40代」(題名は私の意訳なのであしからず)という英語のコラムをメールで送ってきました。大学の課題のための調べ物をしていて見つけたとか。コラムではまず、日本でも評判となったアメリカのTVドラマSex and the Cityの女性像を例に挙げ、実年齢にはとても見えない「新40代」がもてはやされる風潮を皮肉っています。「○歳には見えない」というのは、たぶん褒め言葉。多くの女性が実年齢より若く見えるよう多少とも努力するし、たとえ努力しなくとも、せめてそうありたいと願うのは人情です。でもコラムはそれを「年齢を重ねた女性がどれほどうまく他人の目を欺けているか、ということの評価に過ぎない」と手厳しい。なるほど、アメリカや日本など先進国社会では衣服・化粧品・美容整形など多くの選択肢がありすぎ、とかく年をとるという事実を女性自身が受け入れ難くなっているのは確かです。
・・・とこのような話題になったのは、カザフスタンに来てバーブシュカ(ロシア語でおばあちゃん)の存在感にちょっと感銘を受けているから。夫婦共働きの多いカザフスタンでは、多くのバーブシュカが若い夫婦の育児を助け、かつ自分も現役で仕事をしています。結婚年齢が早いので、40代で孫、60代でひ孫がいるという人もいます。パブロダールでは、バーブシュカたちが自殺防止のためのホットラインで悩める人の相談に乗っていると聞きました。セメイで訪ねた産婦人科病院、カラガンダの孤児院や若者を対象とした保健センター、女性と子どものための駆け込みセンター(主な原因は家庭内暴力や貧困)でも、年配のパワフルな女性たちがたくさん働いていました。この国はバーブシュカ抜きには動かないのではと思うほど。年をとれば若い時とは違う役割があって忙しい、と胸をはります。
40代はともかくも、私のように50代も半ばにさしかかれば、老化する外見を繕うことよりも頼りがいあるバーブシュカを目指すほうが人生充実するような気がします。カザフスタンのバーブシュカ、けっこう素敵です。
# by kouribakokara | 2012-05-14 10:11 | Trackback | Comments(2)
2012年5月12日土曜日

市場に行くと多種多様なナッツ類とともにドライフルーツが売られています。中国の新彊ウイグル自治区からカザフスタンなどシルクロード沿いにある内陸地域の気候は、昼夜の寒暖の差が大きく、果物の生産に適しているそうです。たくさん収穫された果物はもちろんそのまま市場に並びますが、同時に乾燥させて保存食にもなります。
ドライフルーツのコーナーにはサイズの違う干しブドウやアンズ、イチジク、ウメなどが並び、1kg当たりの価格が示されています。お客は「アンズを300g、干しブドウを500g」というように告げ、量り売りしてもらうシステム。酒宴の席には必ずドライフルーツの一皿が並び、だれかの家に招待された時に手土産にもされるなど、他の食品と比べてやや高価です。
そんな売り場の片隅に、さまざまなドライフルーツがすでにミックスされ、ビニール袋に詰められて無造作に置かれています。重さは1kgほどで価格は350テンゲ(約190円)と格安。入っているのはリンゴやナシをスライスし乾燥させたもの、色も形も均一でないウメ、アンズ、プラム、ブドウ等々。これがいわゆる「コンポート」の材料です。コンポートというと果物を甘く煮たものを連想しますが、カザフスタンではドライフルーツから作る飲み物のことです。
まず適量のドライフルーツ・ミックスをさっと湯通しします。再び水から煮て、鍋ごと一晩ほど放置します(写真上)。ザルでこすと出来上がり。濃さはドライフルーツの量で調節し、はちみつなどを加えて甘くしたものもありますが、私は味は薄め、何も加えないのが好みです。冷蔵庫で冷やすとフルーツのすっきりした味わいで喉越しが良く、気温が上がる日にぴったりの飲み物になります。
# by kouribakokara | 2012-05-12 13:17 | | Trackback | Comments(0)
2012年5月10日木曜日

異文化で暮らすと、ふだん当たり前と思っていることがそうでなかったり、ありえないと思っていることが普通だったりします。海外生活の初心者だった頃、それは珍しさ・楽しさでしたが、滞在が長くなると転じて違和感となり嫌悪感となり、ついには何もかも腹立たしい不適応期がありました。街を歩けばじろじろ見られ、市場でのかけひきで騙され、車に投石され・・・そんなことが重なるともう大変。街角の建物もゴミも憎らしく、すれ違う人がみんな嫌いという嵐が吹き荒れます。けれど年を重ねるにつれ、不適応の程度は軽くなってきました。違うこと・嫌なことは「そうですか~」と受け入れ、不愉快な人に会うと「あほやね」とつぶやき、妙な出来事も「おもしろいやん」と皮肉ることができるのはおばさんの特権です(そんなときは関西弁)。
今日の写真はそんな自分勝手な感覚で「ちょっとあかん(ちょっといただけない)」と思うモノたち。左上から時計回りで、まずはスーパーの冷凍食品コーナーで売られていた握り寿司。エビやマグロ、鮭など8種類が1パックになっていますが、すっかり冷凍焼けしていました。次が花の博覧会会場で販売されていた花瓶。これにどんな花が似合うのかとしばし考えてみましたが、花は活けないほうが良さそうです。そしてローカルなショッピングモールのマネキン。実は身長1mほどの子どものマネキンなのですが、顔が老けすぎで怖いです。最後にこの階段、よく見ると一段ずつ高さが違います。カザフスタンでは階段の高さが均一な建物は希少。高かったり低かったりが当たり前で、適当に作っているようです。不注意から階段をふみはずし、それをひきがねに何もかもムカつく日が来ないよう暮らして行きたいと思います。
# by kouribakokara | 2012-05-10 12:27 | Trackback | Comments(3)
2012年5月8日火曜日

我が家の近くに一辺62m、高さ62mの大きなピラミッドがあります。正式名称はThe Palace of Peace and Harmony(平和と調和の宮殿)。イギリスの著名な建築家ノーマン・フォスターの設計で、2006年に建設されました。アスタナの新市街地にある奇抜な建物のひとつ、そして第2回世界・民族宗教会議の会議場でした。建物の内部は会議場のほかギャラリー、コンサートホールなど。初めて見た時は違和感いっぱいでしたが、不思議なもので見慣れるといつのまにやら日常生活の一風景。秋・冬・春と季節が変わるたびにハイヴィルパークで撮った写真には、必ずこの三角錐が鎮座しています。人工的で無機質な建物が案外この公園に似合っていると思うこの頃です。(写真の撮影時期は上段左が去年10月、上段右が今年3月、下段左4月、下段右5月)。
# by kouribakokara | 2012-05-08 12:19 | Trackback | Comments(2)
2012年5月6日日曜日

この1カ月あまりでアスタナの景色は大きく変わりました。街の色は白から茶色そして緑へ。最高気温がマイナス20度からプラス20度へ。昼間の時間がどんどん長くなり、日の出は5時半、日没は21時前です。季節の変化を慌てて追いかけるように、私も冬物のセーターをしまいこみました。写真右は旧市街地にある公園です。木漏れ日がこんなにきれいだったとは。おばあちゃんがまだ厚着のまま、のんびりベンチに腰掛けていました。

雪が消えた後も木々はしばらく枝だけの姿で、緑も花もみかけませんでした。温帯では梅や桃、スイセンやレンギョウを見て春が近いことを知り、桜やチューリップで春を実感するのですが、アスタナは雪どけ後に泥だらけの4月。雪がある方が景色がきれいだったと思ったり。そして5月。日を追って公園の白樺が緑の葉を広げ、ライラックの花が良い香りを漂わせ、地面にも小さな春の花が咲き始めました。写真は先月ステップで初めて見た花、クロッカスでしょうか。
# by kouribakokara | 2012-05-06 11:51 | Trackback | Comments(4)
2012年5月4日金曜日

日本を離れていると、ある日突然に日本ならではの「何か」が食べたくなります。これまで暮らしたほとんどの国ではその「何か」を買うことができず、結局は食い意地に導かれて自分で作ってきました。けれど材料が違ったり自己流だったりで、必ずしもうまく出来上がったわけではありません。失敗も挫折も多くあり、がっかりした記憶は不思議なほど鮮明です。
ところで先日、唐突にアンパンが食べたくなりました。韓国食材店であずきを買ったからでしょう。アスタナでアンパンは売っていないので、作ることにしました。まずはあずきを一晩水につけ、翌朝から鍋でコトコト。砂糖を入れ、煮詰めて練って粒餡を作り終えたらお昼過ぎでした。その頃には、アンパンを食べたいかどうかより、大量の粒餡を前に途中で放り出せなくなっている感じ。遅い昼食のあと、今度はパン生地にとりかかりました。日本の家にはニーダーがありますが、ここでは手ごね。一次醗酵のあと丸めて餡を詰め、二次醗酵。そして午後6時、ようやく粒餡のアンパンが焼き上がりました。
思い出すのは、十余年前にバングラデシュのダッカで焼いたアンパン。クーラーもない灼熱の台所で汗だくになって生地をこねたのに、まずくて固いアンパンが焼きあがりました。パン作りの基礎知識がなかったからですが、私も子どもたちもひどくがっかり。日本に住んだ4年間にパン作りを習ったのは、その記憶があったためでした。
今はそれぞれ別の国に住む子どもたちの顔を思い浮かべながら、焼きたてのふんわりしたアンパンを食べました。
# by kouribakokara | 2012-05-04 10:49 | | Trackback | Comments(4)
2012年5月2日水曜日

昨日の5月1日は「Unity Day(民族統一の日)」で祝日でした。街なかの大きな広場に前日からテントが建ち並んだので、何やらあるらしいと出かけてみると、カザフスタンに暮らす様々な民族の文化祭でした。各テントの入り口に民族名が書かれ、中はそれぞれの生活雑貨や伝統工芸が展示され、伝統衣装を着た人たちがお客といっしょに記念撮影したり質問に答えたりしていました。中央ステージで歌や踊りが次々に披露されたほか、各テントの前でも踊りの輪ができていました。

写真は上段がウズベク族と朝鮮族、中段はタタールとウクライナ、下はロシアとなぜかソ連時代の軍人さん。他にもキルギスタン・トルクメニスタン・ドイツ・オランダ・チェチェン・トルコなど各民族のテントもあり、カザフスタンが多民族国家であることをあらためて実感しました。
お互いの文化を認識し、違いを楽しみ、共通点を見つけ、青空のもと音楽や踊りを楽しみながら屋台のランチを食べる・・・さりげないけど、国づくりにとって大切な日だと思います。
# by kouribakokara | 2012-05-02 10:38 | Trackback | Comments(2)
2012年4月30日月曜日

すこし前のこと、アスタナのローマン・カトリック教会で人に会う約束をしました。行ったことがなかったので、約束の前日に教会の場所と駐車場を確認しておこうと車で出かけました。地図で見たら、家から10分もかからない所。ところが・・・あるはずの場所に教会がなかったのです。途中で見かけた大学の駐車場に車を止めて周囲を歩いてみたら、教会の近くにあるシナゴーグ(ユダヤ教寺院、写真)が見えました。なぁんだ、近くまで来ていたんだ。ほっとしてまた車に乗り、シナゴーグより東にあるはずの教会に向けて発進。しかし走っても走っても教会はなく、それどころか知らない街の中に入り込んでしまいました。どこかに止まって地図を見たくても、交通量が多く道も狭くて、仕方なく流れのまま。そしてふと出た広い道は、旧市街地の中心部でした。気をとり直して、もう一回やり直し。地図で教会の位置を再確認し、走り始めました。そして・・・同じことを3回、そのたびに知らない街角をぐるぐる。ハンドルを握りながら、「ここはどこ~?」という状態で3時間あまり40kmを走ったあと、ついにあきらめて家に戻りました。
帰宅後PCでグーグルアースを開き、アスタナ上空から教会を探しながら手元の地図と比較してみました。そしてわかったのは、手元の地図のシナゴーグとカトリック教会の位置が反対に示されていたということ。家から行くと、大きな通りを左折したら教会。なのに地図が間違っていたために私は右折を繰り返し、アスタナの右(東)半分をうろうろし続けていたのでした。
地図が違うかもと疑わなかった私は、とっても日本人。でも、シナゴーグを見物し、裏道に詳しくなったので良しとしておこう・・・。
# by kouribakokara | 2012-04-30 12:05 | Trackback | Comments(2)
2012年4月28日土曜日

4月のアスタナは一気に雪がとけ、一気に人々が開放される月。物産展や作品展も次々に開かれています。外を出歩けるようになった喜びを実感しつつ、私も美術展を見逃さないように出かけています。そんななか、とても印象的だったのがカザク人アーティスト、Zamzegul Oralbaeva(ザムゼグル・オラルバエーヴァ、左写真)のフェルト展でした。1975年生まれ、アルマティの美術学校で教育を受け、遊牧民の伝統的なフェルト技術を使って創作活動をする若い作家です。作品のテーマはステップの自然と広い空、そして遊牧民の文化。色調はいずれの作品も茶系・シルバー系です。今回展示されていたのはすべて壁掛けで、旧市街地にある近代美術館の一室で開催されました。写真右の作品には、ユルトの天井とステップの生き物たち、ステップを吹く風が描かれています。遊牧民の赤ちゃんはこの梁の形を見ながら大きくなり、外界の気配を感じていくのでしょう。私はしばらくこの作品の前から離れられませんでした。アーティストのあたたかい人柄と強い文化的アイデンティティがあふれていて、じんわりと心にしみる作品展でした。
# by kouribakokara | 2012-04-28 10:54 | Trackback | Comments(2)
2012年4月26日木曜日

先週パブロダールからの帰り道で出会った光景。日暮れ前に家畜を連れて家路につくところのようでした。馬に乗った人と犬3匹が右へ左へと動くと、牛たちが小川を渡り、土手をのぼり、道路を横切って移動して行きました。その間、男性はひとことの声も発せず、犬が吼えることもなく、ただ牛の足音と鳴き声が草原に響いていました。

# by kouribakokara | 2012-04-26 10:34 | | Trackback | Comments(2)
2012 年4月24日火曜日

この1カ月で、市場の野菜売り場に並ぶ野菜の種類が増えました。冬場はどうしても青菜類が少ないのですが、近頃はほうれん草や細ネギ、バジル、ミントなどをどこでも目にします。トマトやきゅうりも鮮度が増し、価格が下がってきました。何か目新しいものがないかと時々ローカルな市場を巡回(徘徊)します。
そして最近になって初めて見た青菜。小松菜っぽいものだろうと買ったのですが、水洗いしながらも確信がなく、葉っぱをちぎって食べてみました。あれ~酸っぱ~い!幼い頃、父が散歩道でスイバを手折って「食べてみろ」と言った時の味の記憶がよみがえりました。酸味が強いので煮物やおひたしには向かないと思い、トマトとコンソメのキューブを入れてスープにしました。火を通すととろみがすこし出て、さわやかな美味しさです。あとから事務所のスタッフに聞いたら、shavelという野菜でやはりスープで食べるとのこと。春が旬だそうです。しかしshavelをネットで調べても和名や英語名がなかなかわからず、今日になってやっと判明。shavelとはなんとスイバ(sorrel)だったのです!自分の味の記憶にびっくり、そして50代で亡くなった父が若い頃に散歩する後姿を久しぶりに思い出しました。
市場で買った山盛りのミニトマトは、2人暮らしでは食べきれないのでピクルスにしました。このまま食べたり、ほかのサラダに混ぜたりします。瓶詰めするとあまりにきれいなので、いつも食べるのがちょっと惜しくなってしまいます。
# by kouribakokara | 2012-04-24 13:29 | | Trackback | Comments(2)
2012年4月22日日曜日

地方の街に行くと、できるだけ博物館や美術館を訪ねることにしています。パブロダールで今回訪ねたのはMuseum of Local History。イルティシュ川の土手で発掘された化石や土器、パブロダール州内の生物、歴史、手工芸品など多岐にわたる展示物を見ることができました。建物は帝政ロシア時代の商人の家。英語での説明を博物館内のガイドさんにお願いしました。
今回、とても印象的だったのは移動式住居ユルトの実物です。アスタナの博物館にもありますが、たぶんあれは最高級の道具を集めた豪華ユルト。こちらのユルトはもっと庶民的で、実際の生活に近かったと思われます。ユルト入り口から中を覗いて歓声をあげた私に、ガイドさんがそっと立ち入り禁止のスタンドをずらし、「入ってみますか」と言ってくれました。館内にいたのは私と事務所の運転手さんのみ。その博物館にほとんど来ないであろう外国人だったからなのか、私がよほど中に入りたいという顔をしていたからなのか。もちろん大喜びで中に入れてもらい、更にずうずうしくも「あの~写真を撮っても良いですか」・・・若い頃、こんなこと絶対に言い出せなかった私です。
特別に許可をいただき、天井を1枚、ユルトの入り口から入って右側の部分を1枚撮りました。ユルトの天井の梁はこんな形。上部は開閉できるようになっていて、時計がなかった時代には太陽の動きを見て時間を知ったとか。また、ワンルームのユルトでも室内の場所によって区別があり、入り口から入って左側が男性の場(書斎)、右側が女性の場(寝室と台所)、正面奥がゲストを通す場となっているそうです。フェルトの敷物や壁掛けは室内の飾りとともに保温の役割も果たしています。
# by kouribakokara | 2012-04-22 12:36 | | Trackback | Comments(2)
2012 年4月20日金曜日

パブロダールは1720年、イルティシュ川に沿った要塞の一拠点として帝政ロシアが開発した街です。現在は人口30万人、主要産業は石炭鉱業・アルミニウム精製・機械工学など。アスタナ方面からの幹線道路でパブロダールに入る時、川沿いの工業地帯がまず目に入ります。けれど市街地は旧い建物が数多く残り、のんびりと静かな雰囲気。アスタナの奇抜な高層ビル群を見慣れた目には、ほっとするような町なみです。会議に出る夫と事務所のスタッフを見送ると、私は旧い町並みの散策へ。ソ連時代の富裕層が住んでいた木造やレンガ造りの家が並ぶ通りを見つけ、凝った窓枠や外壁の飾りを写真に撮りました。なかには朽ちかけている建物もあり、保存されることを願うばかりです。
# by kouribakokara | 2012-04-20 11:34 | | Trackback | Comments(0)
2012年4月18日水曜日

火曜日の正午、事務所の車でパブロダール州パブロダール市にむかいました。アスタナからは道のりにして約400km。以前に東カザフスタン州を訪ねた際には、給油しただけで通過した街です。今回の夫の出張は、パブロダール市がChild Friendly City(子どもにやさしい街)宣言をするにあたり、そのための基準づくりや今後の事業計画について話し合うため。一方、私が便乗した理由は、雪の消えたステップを見るためでした。そして・・・アスタナを出れば、期待どおりの広い空と大地。「ステップを見るためにカザフスタンにいる」と言っては語弊がありそうだけど、どこか本気でそんな気もする私。すこしずつ緑になってきたステップで草を食む馬、巨大なボタ山、青い大きな空。とてもシンプルな春の風景だけれど、なんだか静かなエネルギーがわいてきます。
# by kouribakokara | 2012-04-18 02:27 | | Trackback | Comments(2)
2012年4月16日月曜日

車でまだ行ったことのない市場に行こうとして、道をまちがえました。地図で確認すると、市街地北西部のアスタナ駅近く。そういえば駅を見たことがなかった・・・。駅前の通りに車を停め、ぶらぶらと歩いて駅の見物に出かけました。アスタナ駅はソ連時代にはツェリノグラード駅、カザフスタン独立後の1994年からはアクモラ駅と称され、今の名称になったのは2001年。正面の青い建物は2003年に改修された駅舎です。その左手にはソ連時代の古い建物が宿泊所として残っており、壁面には大きな4つのモザイク画があります。その1つは宇宙飛行士と科学者がモチーフでした。宇宙飛行士が右手にかかえるオレンジのヘルメットに、「CCCP」という文字が見てとれました。これは、ソビエト社会主義共和国連邦をロシア語で表記した時の略称です。こうして古い体制を感じさせるものがそのまま残してあるところ、カザフスタンの大らかさと自信みたいなものをふと感じてしまいます。駅前広場には1922年製の蒸気機関車が保存され、周囲はベンチが置かれて小さな憩いの場になっていました。
カザフスタンの鉄道網は全長13400km。アスタナとアルマティ間1200kmを普通快速が18時間かけて走るそうです。駅舎からは、大荷物を抱えた大勢の人たちが疲れたような、ほっとしたような顔で出てきました。
# by kouribakokara | 2012-04-16 11:15 | Trackback | Comments(0)
2012年4月14日土曜日

今日はビールの話題。我が家はワインをすこし飲む程度、家にある日本酒や洋酒はすべて料理用として買ったものです。これまでの海外生活ではイスラム教国に住むことも多く、お招きする方の宗教的背景がさまざまなこともあって、家でする食事会でアルコールはどちらかと言えば脇役でした。ところが、ここでは宗教に関係なく大らかにアルコールがたしなまれています。来客用にワインだけでなくビールくらいは用意したほうが良いかなと、スーパーのずらりと並んだビールコーナーを往ったり来たり。とりあえず選んだのが写真の4種類です。
左端は絵のとおり、「白熊」という名前でアルコール度4.5%。隣の青・赤の缶はどちらも「カラガンダ・ビール」で、アルコール度6.5%。違いは名前の下の表示です。赤の方は「黒」、つまり黒ビールなのですが、青の方の「強い」は苦味の強さでしょうか。カラガンダはアスタナから南へ250kmの街。先月のブログでも書きましたが、歴史的背景からヨーロッパ系、とくにドイツ系の移民が多かったことが影響したのか、ビール造りが昔から盛んなところです。そして右端の瓶ビールが「アルマ・アタ(旧都アルマティの旧称)ビール」で、アルコール度4.4%。
カザフスタンではほかにも数多くのビールが生産されていて、店頭で思わずラベルや缶のデザインに見入ってしまいました。価格は500mlで50~60円です。味については・・・そのうちビール好きの方に詳しくお聞きしてみたいと思います。
# by kouribakokara | 2012-04-14 13:59 | | Trackback | Comments(3)
2012 年4月12日木曜日

以前にも書きましたが、遊牧民は移動を繰り返すため、その食器は木製や金属製が主流でした。陶磁器では欠けたり割れたりしやすいからです。そんなわけで、ここでは地元の職人が伝統をうけ継いで作る陶磁器に出会うことは望めませんが、カザフスタンらしさが感じられる焼物が最近になって作られています。2006年創設のEmpire社が生産販売するお皿です。この会社は陶磁器のほか、置物や宝飾品など上質の贈答品も生産しています。
写真左は、Sal-seriというシリーズからの1枚。Sal-seriは部族名らしいのですが、調べたところ、はっきりしたことがわかりませんでした。わかり次第、また報告
  したいと思います。この皿にはお酒を飲む男性、その後ろにお酌をする女性が描かれています。シリーズにはほかにも楽器を演奏する人や馬に乗る人を描いた皿があり、遊牧民の日常生活がモチーフになっています。
写真右はWedding Caravanシリーズの1枚。ラクダに積まれているのは輿入れ道具です。こちらは暖かい色あいで、飾るだけでなく実用にも。
どちらもカザフスタンの方からいただいたのですが、トルコで買った皿とともに棚に並べて楽しんでいます。
# by kouribakokara | 2012-04-12 12:06 | Trackback | Comments(2)
2012年4月10日火曜日

自分の車が来てから1カ月。ここの道路と交通事情にも慣れてきました。アスタナのドライバーは信号は守るけれど、斜線変更はサインも出さず思いのまま。後方から猛スピードで追い抜き、前方をいきなり斜めに横切って左折・右折することも日常茶飯事です。とはいえそれを承知していれば、そしてダッカの混乱した道路を思い出せば、ここでの運転はずいぶん気楽です。
ところで、運転しているうちに車がみるみる汚れてきました。アスタナでは厳寒期の滑り止めとして、粗い砂混じりの土を道路にまくのですが、それが雪どけとともに泥に変わり、道往く車は泥んこ状態。ナンバープレートの数字も読めません。気温の上昇とともに先週あたりから泥水が干上がってきたので、初めて洗車に行くことにしました。事前に集めた情報では、洗車は「手洗い」と「機械洗車(外側のみ)」から選択、機械洗車の料金は1000~1200テンゲとのこと。とりあえず「手洗い」「機械洗車」とキリル文字で書いたメモを持ち、出かけました。
洗車場には車が2列で順番を待っていました。写真で左側の表示は「機械洗車」、右が「手洗い」です。初回ということもあって左の列に並びました。ところが自分の順番が来る頃に気付いたのは、なぜか機械が動いておらず2列とも「手洗い」ということ。いったん並ぶと途中から抜ける場所もなく、そのまま洗車場へ。4人のスタッフがてきぱきと手馴れた様子で車を洗います。その間、邪魔にならないように洗車場のなかで立って見物。まず高圧洗浄機で外側の泥を落とし、洗剤、コーティング。車内すみずみまで掃除機をかけ、足元のマットも取り出して洗ってくれました。窓を内外から磨き上げ、ブラシを使って細かいホコリもとり、最後に水滴ひとつ残さずに拭きあげること30分。車はぴかぴかになりました。料金3000テンゲ(約1500円)。運転は荒いけど、洗車サービスは細かい。車が驚くほど高価なカザフスタンでは、サービスへの要求も高いのだと思います。
# by kouribakokara | 2012-04-10 10:20 | Trackback | Comments(5)
2012年4月8日日曜日

窓から見えるハイヴィルパークの雪がすっかり消えました。緑が萌え出る季節には早すぎ、茶色の土がむき出しの味気ない公園になっています。近頃は日暮れが遅くなり、夜8時になっても夕方のように明るいため、早めに夕食を済ませて時々散歩に出かけます。公園の木々の新芽は固いまま。風雪に耐え樹氷に耐え、やっともとの姿に戻ったところ。日暮れの公園はデートコースになっているらしく、あちこちで若いカップルの姿を見かけます。

雪が深くて吹雪いていると遭難しそうな広い公園なので、川べりまで出たのは久しぶりでした。川の水はまだ凍っていましたが、岸辺の氷は薄くなってとけはじめていました。川面をわたってくる風は冷たく、頭や耳が痛くなるほど。正面に見えるのは大統領官邸。

一方、公園のなかにある池の氷はすっかりとけ、なんとなく、なんとなく春の気配です。
# by kouribakokara | 2012-04-08 11:52 | Trackback | Comments(4)
2012年4月6日金曜日

3月19日付けでブログに書いた松の実の「その後」。1000個近い松の実すべての皮をむいてやろうという意欲は、200個くらい済んだところであえなく消え、残りはしばらく冷蔵庫に置きっぱなしになっていました。先週になってやる気が復活。全体の半数くらいの皮をむき終えました。そうなると今度はジェノベーゼを作ろうと思いたって市場へ。バジルを買いに行ったのですが、あいにく価格が高く量も少なく・・・計画変更かと思った時に目に入ったのが、安くて大量のイタリアンパセリでした。
イタリアンパセリ+松の実+オリーブオイル+チーズ+塩+にんにくで出来あがったのが、このジェノベーゼ風ペースト。バジルペーストほど個性的な味ではありませんが、これはこれで美味しい。関西風のうすあじジェノベーゼという感じ。ペンネとあえ、仕上げにきざんだイタリアンパセリを大量に加えました。惜しみなくイタリアンパセリを使った料理、と言いたいところですが、実はこのところ、お店に行くたびになぜか繰り返しイタリアンパセリを買ってしまい、冷蔵庫がパセリだらけだったのでした。ありますよね~そんなこと。
# by kouribakokara | 2012-04-06 11:36 | | Trackback | Comments(4)
2012年4月4日水曜日

アスタナ駐在の奥さん2人を誘い、ユーラシア・バザールに買い物に行きました。以前にも書きましたが、秋にフェルトのスリッパやロシアの塗り物を買ったところです。「冬は毛皮が必要」といろいろな人から言われ、毛皮やブーツを初めて見に行ったところでもあります。余談ですが、この冬をダウンだけで過ごした私。去年より厳しい冬だったそうですが、最も寒い時期にアスタナにいなかったこともあり、毛皮がなくとも大丈夫でした。一方、ユーラシアで買ったニセもののUGGブーツはとても重宝しました。
ユーラシアの地下にある食品市場は対面販売。商品が置かれたカウンターの内側にずらりとお店の人が並んでいて、あちこちから呼び声がかかります。多少のロシア語と多少の勇気が必要ですが、野菜と果物がいつも新鮮。ほかのお店が信じられないほどに萎びた野菜を売っている時も、ユーラシアはまず大丈夫です。家から4kmほどと近いのですが、私が得意とする32番のバスとは方向が違うため、車がない時はなかなか足が向きませんでした。今は車のおかげで、週に1~2回出かけます。場外の駐車場は無料、場内の駐車場は駐車時間に関係なく100テンゲ(約50円)を払うと、お兄さんが手動で入り口のバーを上げてくれます。
バザールの建物の入り口近くに、小さなお店がいくつかあります。そのひとつがビビゴン。アスタナ駐在2年半、お子さんが3人いる奥さんが「ここのバーガーは安くて美味しい」と教えてくれました。一番小さいもので250テンゲ、ダブル・バーガーやトリプル・バーガーもあります。KFCに飽きたらビビゴンのバーガーを買うんだとか。確かにパンもお肉も美味しくて、中に入っている野菜も新鮮でした。ファーストフードを食べることがない私は、今回教えてもらわなければお店に入ってみることもなかったと思います。ビビゴンは手作りのやさしい味。たまには良いなと思いました。ちなみに、カザフスタンにマクドナルドは進出していません。
# by kouribakokara | 2012-04-04 19:55 | | Trackback | Comments(2)
2011年4月2日月曜日

ついに見つけてしまいました!かつて実際に、どこかでだれかのユルトの壁を飾っていたタペストリー。新しく作られた製品ばかり並んでいる民芸品店の片隅で、何気なくたたまれ重ねられた古びた布を見た瞬間、「これは、もしや・・・」と思ったんです。ほこりでくしゃみをしながら広げると、縦1.2m×横2mの布でした。端がほつれたり、色が褪せたり、しみがついたりしているものの、色鮮やかな細かな手刺繍がほどこされていました。裏地はハギレが何枚も縫い合わされ、表地、薄い中綿とともにキルティングされています。面白いことに、タペストリーは3辺のみがきれいに処理され、底辺にあたる1辺だけ切りっぱなしになっていました。手の込んだ刺繍と対照的ないい加減さに、どうして4辺ともきちんと処理しなかったのだろうと最初は不思議に思いましたが、すぐに理由がわかりました。ユルトの内部の写真を見ればわかるのですが、ユルトの生活では壁面にタペストリーを掛け、下の部分に家具やクッションなどが置かれています。そのため、タペストリーの底辺部分は処理しなくても、家具などに隠れて見えなかったということのようです。その証拠に、このタペストリーも底辺に近い部分は何かに覆われて光があたらなかったらしく、色褪せていませんでした。
お店に2日続けて通い、そこにあった数枚のタペストリーを見比べ、計算機を介して値段を交渉し・・・そして今日、この1枚がうちのダイニングの壁にかかっているというわけです。底辺部分はそのままというわけにいかないので、裏に折り返してちくちく手縫いしておきました。
# by kouribakokara | 2012-04-02 20:12 | Trackback | Comments(0)
2012 年3月31日土曜日


この1週間で雪どけが進みました。2週間前にカラガンダに出かけた時、郊外のステップは一面の白い雪(写真上)でしたが、今日はこんな感じ(下)で湿地のようになっていました。気温は2度。ステップから吹いてくる風はまだひんやりとしていますが、日差しは暖かく、薄手のダウンの下は長袖Tシャツだけで大丈夫。着膨れの季節は終わりです。
# by kouribakokara | 2012-03-31 17:45 | Trackback | Comments(2)
2012年3月29日木曜日

ここで日常的に手に入る色鮮やかな野菜で忘れてはならないのがビーツです。コゲチャの無骨な塊を皮ごと茹であげれば、中はこんなにきれいな赤紫色。茹で時間は小さいもので30~40分、大きくなると1時間半ほどかかります。手で押してみた感じで、茹で上がりを判断します。茹でたビーツを使ってロシア料理、ボルシチを作ってみました。ボルシチの色はまさにこのビーツの色。ボルシチと聞くと「肉」というイメージがあったのですが、本来はトマトの酸味とビーツの甘さを楽しむ野菜が主役のスープなのではと思います。もうひとつ、気に入っているのがビーツとリンゴとくるみのサラダ。マヨネーズとレモン汁であえています。サラダにすると、ビーツの甘みだけでなく土臭い力強い味が楽しめます。リンゴもビーツ色に染まり、料理をした指先も赤くなります。
次にディル。日本では数枝が小袋で売られていることが多いのですが、こちらではひと束がどーんとこの塊。日本人がネギを使うように、ディルは魚料理やサラダはもちろん、様々な料理に多用されています。今回は生地にねりこんで、パンを焼いてみました。先日、カラガンダで食べたディル入りパンがあまりに美味しかったので真似てみたのですが、ビーツのサラダとも相性ぴったりでした・・・さて、次は何を作ろうか。私のもっぱらの楽しみは市場で野菜を見てまわることです。
# by kouribakokara | 2012-03-29 11:59 | | Trackback | Comments(0)