カテゴリ:旅( 124 )

鳥取(3)鳥取市半日観光

2018年12月10日月曜日

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坂井原集落の後、鳥取市に入り鳥取駅近くのビジネスホテルで1泊。翌朝早めに鳥取城跡に向かいました。
この日も快晴で、二の丸跡からは眼下に市街地が一望できました。日曜日ということもあったでしょうが、どこかのんびりとして澄んだ空気に包まれた地方都市の眺めです。鳥取城跡の石垣は最近ようやく修復工事が終わったとのこと。整然と並ぶ美しい石垣を眺めながら、その上に建っていたであろう堅牢な城を想像しました。
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日本ではここでしか見られないという巻石垣。石垣を補強するために江戸後期に補強された部分だそうです。そこだけが現代アートのようなおもしろい眺めでした。さて、ここまでは山麓にある江戸期の城郭部分ですが、それ以前の戦国時代に造られた山城の跡を見るためには天球丸の片隅にあるお稲荷さんの鳥居をくぐり、標高263mの久松山山頂までの山道を登らねばなりません。私は下調べ不足でドライビングシューズのまま登ったのですが、すれ違う人はトレッキングシューズに熊よけの鈴と準備万端。さすがに5合目まで登ったところで断念しました。城跡を下りたら、山の麓にある仁風閣へ。旧鳥取藩主の別邸として明治時代に建設されたフレンチ・ルネッサンス様式の建物ですが、庭園は回遊式の和風というところがこの時代をよく表しています。
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午後に夫は講演を控えていたので、鳥取民芸美術館を観てから早めの昼食。土蔵を改造したシックな雰囲気のお店で、地元グルメの鯖丼をいただきました。器はもちろん、地元の窯元の焼物でした。

by kouribakokara | 2018-12-10 20:13 | | Comments(0)

鳥取(2)坂井原集落

2018年12月6日木曜日

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石谷家住宅でお茶をして、次に向かったのは鳥取市、ではありません。智頭の町案内を見たら、町から約4㎞、標高400mを超える山の中に限界集落があるとのこと。それはぜひ見に行こうと車で急な山道に入りました。しばらく登ると、車1台がやっと通れる幅のけっこう長いトンネルが待っていました。先に進むのをためらう人もいるかもと思うような狭さでしたが、長年培われた性、却ってわくわくしながらずっと先の出口に見える光に向かって進みました。
そしてまた山道をしばらく、深い深い森の奥に目的の坂井原集落がありました。ひっそり、というのはこういう感じを言うのでしょう。1960年代前半まではかなりの村人が炭焼きや養蚕、たくあんの生産に従事しながら住んでいたそうですが、今は本当にひっそり。集落の中の坂井原ふるさと館に展示されていた昔の写真には子どももたくさん写っていて、小学校の分校もあったようです。その活気を帯びた写真を静寂に包まれた集落でながめる不思議な気持ち・・・。60年代後半になると山を下りて暮らす人が増えて急に過疎化が進み、今では年間を通して集落に住む人は3人と聞きました。「日本の山村集落の原風景」と称されるようになった坂井原は、山間部にあった昔ながらの村の姿を色濃く残しています。
集落の中はサザンカの花が満開で、家の裏手の川の水を引き込んだ洗い場に鯉が泳いでいました。藁を練りこんだ土壁、ずらりと干された小ぶりの坂井原大根、屋根を修復している人や野菜の種を採取している人。雪に覆われる前のひとの営みも感じました。

by kouribakokara | 2018-12-06 14:39 | | Comments(0)

鳥取(1)石谷家住宅

2018年12月5日水曜日

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週末から2泊3日で鳥取へ。土曜のお昼頃、車で夫を職場に迎えに行き、そのまま中国自動車道を西へ。佐用で鳥取自動車道に乗り換え北に向かいました。紅葉の盛りは過ぎたとはいえ、車窓はまさに錦秋の風景。
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鳥取まで車であと30分、というところにある智頭(ちづ)という町で寄り道。江戸時代、参勤交代の宿泊地でもあったことから、古い町並みが残る静かな山あいの郷です。地主で手広く山林を経営し財をなした石谷家住宅に立ち寄りました。大きな木造家屋は門構えからして武家屋敷風、土間の吹き抜けに立って見上げれば、なんと天井までの高さが14m。お座敷の障子や欄間の細工は技巧が凝らされ、3000坪の敷地にみごとな庭園・・・こんな山あいの小さな町で、なんと風雅な暮らしが営まれていたことかと驚きました。
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民藝運動家、吉田璋也がデザインしたという食堂はティールームになっていました。庭園を眺めながらのコーヒータイム、静かで贅沢なひとときでした。 

by kouribakokara | 2018-12-05 14:44 | | Comments(0)

広島1泊2日

2018年11月11日日曜日

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快晴が続いてるし、季節はずれに暖かい。厚着しなくていいから歩き回りやすい。ちょうど私の予定も空き、最近の母の体調も良い等々、好条件が揃ったので、以前から「お墓参りに行きたい」と言ってた母を連れて1泊2日で広島に出かけてきました。母との二人旅は車でなくて新幹線。母は元気だけれどなにしろ87歳なので、旅程は空白のままのんびり気ままに、とにかくお墓参りだけは済ませようと大阪を発ちました。
1年ぶりの広島駅は併設の商業施設がオープンし、ずいぶんと様相が変わっていました。広島で最初のランチはそんな駅ビルでお好み焼き。その後、在来線に乗り換えて父のお墓、さらにタクシーで昨年末に亡くなった伯父(母の兄)のお墓へ。お寺の境内では桜やイロハモミジの大木が紅葉し、墓地を明るく彩っていました。私自身はお墓なんて要らないと思っているけれど、墓参に来て安堵する母の様子を見ると、生きている人にはお墓の存在が必要なこともあるのかなと思い直したり。
墓参が終わればフリータイム。ホテルに荷物を置いてから、近くにある縮景園(写真)に行ってみました。母は半世紀ぶりだとか。回遊式の庭園も紅葉が始まり、足元ではツワブキの花が満開でした。刻々と変わる夕陽の木漏れ日もとてもきれいで、閉園までのんびりと過ごしました。
翌日は広島県立美術館のブリューゲル展へ。全国で開催される展覧会ですから旅先で観ることもないと言う人もいるかもしれないけど、地方の美術館のほうが人が断然少なくて心ゆくまで鑑賞でき、実はすご~くお勧めです。
墓参と庭園と美術展、そして広島の空気を吸って、母も活性化されたみたいです。

by kouribakokara | 2018-11-11 11:14 | | Comments(0)

方丈庵址

2018年10月16日火曜日

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長雨や嵐が過ぎ天候が安定した9月下旬から、夫は木工所の建設を加速しました。場所は鶏小屋の横。大きさは9平方メートル(すなわち方丈)で、屋根には太陽光パネルを付けて木工作業の電力をまかないたいと考えているようです。木工所ができれば家の内外に多々ある工具類をまとめて収納でき、木屑や木片が散乱する作業もそこで済ませられると聞き、片づけが大変と思っていた私はどうぞ、どうぞ~とその提案を歓迎しました。太い柱や壁を建てる作業は大学院生たちが手伝いに来てくれて、木工所は今、写真のような感じのところまでできています。
ところで、夫の木工所造りの背景にあったのが鴨長明の『方丈記』。今から約900年前、平安末期から鎌倉初期に生きた鴨長明が、晩年に京都の山中で隠遁生活を送りながら書き残したこの本を読むと、今この時代に自分がマネージできる範囲内で自立して営む暮らしのあり方やひと・社会とのつながり方にたくさんの示唆があるように思います。
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そんなわけで、方丈庵がどんなところにあったのか見に行こうということになりました。再現された方丈庵は下鴨神社の境内にあるそうですが、実際の方丈庵は京都市伏見区日野の山中だったとか。山道に入る手前で車を停めトレッキングシューズに履き替えると、ほとんど訪れる人もいないような山道に入りました。先日の台風のせいか倒木も多く、のり面が崩れて狭くなっている道を上って行くことしばし(たぶん400m足らず)・・・方丈庵の礎石だったとされる大きな岩が見えました。
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その脇をさらに上ると礎石の上に出て、方丈庵址に到着。今でこそ山すそまで住宅地があるけれど、900年前のその場所は山奥のそのまた奥の、本当に孤立した場所だったと思います。すぐそばに小川があり山栗の実などが落ちていて、当時も暮らしに必要な水や山の幸はあったのでしょう。礎石に腰を下ろし、鴨長明の隠遁生活の「本気度」を実感しながら清々しい山の空気を吸い込みました。

by kouribakokara | 2018-10-16 10:27 | | Comments(0)

比良あたり

2018年8月21日火曜日

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奥琵琶湖の帰路、白髭神社近くまで南下して鵜川四十八体仏へ。室町時代に六角義賢が母親の菩提を弔うために造ったと伝えられる花崗岩の阿弥陀如来像です。他に移されたり盗難にあったりして、今も鵜川にあるのは三十体余り。仏さまたちはいずれも優し気な表情ですが、高さは1.5m以上あって、ずらりと同じ方向を向いて丘の斜面に並んでいる様はなかなかに壮観です。数百年間に修行僧や旅人、落ち武者などいろいろな人が手を合わせ、願い事をして通り過ぎて行くのを見てきた石仏です。
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その後また少し北上し、朽木村から鯖街道に入りました。かつて修験道者がさかんに往来した観音寺、花折峠を経て和邇方面へと下り、小野神社へ。小野氏が湖西を本拠地とした記録は『古事記』にまで遡れるとのことで、6世紀末には小野妹子、9世紀には小野篁(たかむら)、10世紀には篁の孫の小野道風と多くの文人を輩出した一族です。その氏神社である小野神社、人影はなく蝉の声が響いて、ご神田では稲(糯米)が午後の熱風に揺らいでいました。国の重要文化財の社殿にお参りし、ゆっくりと美しい建築を眺めてきました。

by kouribakokara | 2018-08-21 16:48 | | Comments(0)

奥琵琶湖

2018年8月18日土曜日

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お盆前のこと、琵琶湖の西岸をドライブし、以前から行きたかった奥琵琶湖に足を延ばしました。琵琶湖西岸の道を和邇(わに)あたりから北上するにつれ、昔へ・・・それも明治期とか江戸期ではなく、ひとっ飛びに飛鳥時代や古墳時代に戻って行くような気分になるのは、白洲正子の『近江山河抄』のイメージが私の頭のなかで膨らんでいくからなのでしょう。でも、高島を過ぎたあたりからは観光地としての琵琶湖はすっかり姿をひそめ、湖の色も空気感も変わっていくのは確かです。
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琵琶湖北端にある菅浦温泉で1泊し、翌朝涼しいうちに「隠れ里」の菅浦集落に出かけました。菅浦は鎌倉期以降に形成された自治的な「惣村」で、今も集落の東西に出入口を示す「四足門」が残っています。戦乱や盗賊から自衛するための惣ですから、この門で部外者の立ち入りを監視していたとのこと。西側の門のそばには長くゆるやかに上る参道の奥に須賀神社があって、参拝途中にふり返ると木立の間から入り江の静かな湖面が見渡せました。神社はとても立派な造りで、本殿への参拝は靴を脱いで苔むした石段を上がるよう指示されています。そんなところからも、惣村の精神的な支えになってきた信仰と決まり事の厳格さが感じられました。
それにしても、ふだんから都会と一線を画して暮らしながら、旅先も人の集まらないところばかりに行きたくなるのはどうしてでしょう。

by kouribakokara | 2018-08-18 11:36 | | Comments(0)

東九州ドライブ(3)臼杵から久住へ

2018年4月7日土曜日

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臼杵の街並みを見たあとは、国宝の臼杵摩崖仏へ。
若い頃、福岡に5年近く住んでいたのに一度も訪れる機会がなく、長年見たい見たいと思っていました。昔は人里離れた山の中だったのでしょうが、今は摩崖仏のある岩壁とその周辺が公園として整備され、折しも桜が満開。のどかな風景が広がっていました。
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摩崖仏を目にした静かな感動。こつこつと創りあげられたものは、時代が変わっても何かしら語りかけてくるものです。
現代を生きる私たちがこつこつと創るもの、後世の人がそれを見て感動するものが何かあるかしら。後世に残ると今はっきりわかっているのは核のゴミだったり原発の廃墟だったり・・・昔の人の偉大さが身に沁みました。
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その後、野焼きが終わったばかりの久住連山をドライブし、標高1000メートルにある筋湯温泉に。夫の両親が今の私たちくらいの年齢の頃、よく出かけていた温泉です。公共の打たせ湯は日本最大規模だそうで、高い位置から幾筋もの湯が落ち、浴室は白い煙がもうもうと立ち込めて何も見えないくらい。下界と比べると季節が1カ月逆戻りし、筋湯温泉街は梅の盛り、桜はまだ蕾でした。

by kouribakokara | 2018-04-07 11:45 | | Comments(0)

東九州ドライブ(2) 都城から臼杵へ

2018年4月4日水曜日

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都城で1泊した翌朝、市内にある霧島ファクトリーガーデンへ。焼酎で有名な霧島酒造の広大な敷地には工場やレストラン、文化施設、ショップが点在し、霧島神社から分霊を受けた焼酎神社まで。下戸の私がやたら気になったのは、焼酎よりも庭の大甕。かつては焼酎の長期保存に欠かせない道具だったのでしょうが、こうしてずらりと甕が並ぶ光景、どこかで見た・・・と思ったら、30年以上前にソウルの韓式旅館の庭に並んだキムチの大甕でした。国も甕の中身も違うけど、奇しくも発酵食品が同じような色の陶器の大甕で保存されていたとは。そして、こんな大甕、ひとつ欲しい、もしや併設のショップで売ってるかと半ば本気で思いながら(売ってなかったけど)、写真を撮りました。
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都城を後にして次に向かったのは大分県臼杵市。再びトンネルいっぱい、片側1車線対面通行の東九州自動車道をこの日はひたすら北上し、お昼頃に臼杵市到着。まずは市内の二王座歴史の道を歩きました。阿蘇山の火山灰がかたまった凝灰岩の丘を削って通された雰囲気ある石畳の小道です。
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龍源寺の三重塔は臼杵市内に入ってすぐ車窓から見えたのですが、遠目にもはっとするほど緻密で美しい建造物でした。江戸期建立の木造で、近づくと軒下に屋根を支えるような鬼の姿。江戸期までに建てられた三重塔としては国内で最南にある塔だそうです。
臼杵城跡周辺は満開の桜を観に来た人でけっこうにぎわっていたものの、お寺が点在する歴史の道は人の姿もまばら。うらうらと静かな春の午後でした。

by kouribakokara | 2018-04-04 21:55 | | Comments(0)

東九州ドライブ(1) 都城

2018年4月3日火曜日

宮崎県都城市で仕事があるという夫について、春の駆け足ドライブ。神戸港を夜発つフェリーに乗り、翌朝早くに大分の別府に到着。そこから車で東九州自動車道をひたすら南下しました。「私が先に運転する!」とハンドルを握ってしばし・・・この自動車道が片側1車線の対面通行区間が長く、トンネルの数がとにかく多く、パーキングエリアが少ないということに気づきました。どこかで運転を交代しようと夫が言うけど、あれよあれよと距離は伸び・・・ようやく交代した時には都城が近づいていました。正午に到着。
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都城で驚いたのは、空気の暖かさ。もちろん快晴の、春に似つかわしくない陽気の日ではあったけど、それでもさすがは南国です。植生も光の明るさもわが家あたりとは全然違う。そしてもっと驚いたのは、早生種の稲の田植え準備が始まっていたことでした。
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その日の午後は、一人で街散歩。神柱(かみばしら)宮にお参りし、境内で開かれていた植木市をのぞいたら、地元の人たちの交わす会話が全く聞き取れないことに気づきました。ちょっと不思議に思いつつ、そのまま都城島津邸へ。
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敷地内にある島津伝承館や本宅を見学するうち、都城の歴史や薩摩島津家との関係を初めて知り、植木市での会話がわからなかった理由がわかりました。都城は宮崎県に位置するとはいえ間違いなく薩摩文化圏にあって、話されているのは薩摩言葉なのですね。そういえば薩摩藩伝統の郷中教育も、都城で今も息づいているようです。
島津邸の後は、都城市立美術館へ。過去2~3年間に市立美術館に新たに収蔵された都城ゆかりの作家の作品展でしたが、油彩、墨彩あり、エッチングやリトグラフもあり、魅力的な展覧会でした。そこが宮崎県で最初に建てられた美術館だということ、この街ゆかりの多くの芸術家がいることを知り、都城が文化芸術を育んだ土地柄だったことに気づきました。

by kouribakokara | 2018-04-03 16:25 | | Comments(0)


海外を転々とする生活が終わりました。行李箱(中国語でスーツケース)で運んだ数々のものたちとともに暮らす日本での生活をつづります。


by kouribakokara

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