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百年の昔、百年の先

2019年2月25日月曜日

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週末、奈良県の吉野杉の産地として名高い川上村で行われた「伐採見学ツアー」に参加しました。我が家を修復してくださった設計事務所の主催で、日本家屋に欠かせない木をプロが伐りだす現場を見るという貴重な機会。お天気に恵まれ、お昼ごろ川上村に参加者30名余りが集合しました。
吉野では木こりのことを「山行き(やまいき)」さんと言うのだそうですが、山行き一筋46年というプロに導かれ、初めて吉野の杉林の中に入りました。空に向かってまっすぐ30mほど伸びた杉林はよく手入れされ、とても明るい空間でした。これから伐ると教えられた杉は、地上1mあたりの幹の周囲が2m半、高さは35m、樹齢130~140年の大木です。倒す方向は数メートル間隔に立つ他の木々の間を縫い、しかも斜面の谷側ではなく山側へ。伐採後そのまま放置して木の水分を抜くのですが、すこしでも山側に倒すと水分の抜けが早いのだそうです。
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見学者はすこし離れた場所で、伐採を見守りました。山行きさんの仕事ぶりはとても静か。慎重に木の幹を観察してチェンソーで受け口をつくり、次いで反対側に追い口をつくり、そこに楔を入れてカーンカーンと数度叩くと、大木からピシッと音がしました。山行きさんが「もう倒れますよ」と言いながら、おもむろに地面のチェンソーを持ち上げ、木から2mくらい歩いて離れた頃、大木はざーっと枝葉が擦れる音を響かせながら、予定した方向へと倒れて行きました。
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倒れた木に近づくと、断面の美しい年輪が見えました。その一カ所に濃い茶色の点。まだその木が人の腕ほどもない細さだった頃、枝打ちをした跡なのだそうです。山行きさんは木を伐ってそういった痕跡を見つけるたび、とても感動すると言われていました。私が見た枝打ちの跡は、きっと明治初めごろのもの。枝打ちをした山行きさんは、自分が生きている間には伐ることも使うこともない木が、何世代も後に立派な大木に成長し美しい材となるようにと、まさにその場所にやってきて枝を打ったのでしょう。山行きさんの仕事は次世代、更にその先を思って木を手入れし、伐採すれば1世紀以上前の先人の仕事に思いを馳せるという、なにか長い長い時間の流れのなかにありました。
帰宅して、家の梁や柱を眺めました。私はこの家に住んできた人たちのことを考えたことはあっても、そのずっと前、梁や柱となった木を育て伐りだした人のことを考えたことはありませんでした。先人たちの思いと仕事が形になった木の家、大切に使って磨いて、何世代か先の見知らぬ人に残していく長い時間の中の1人に私もなりたいものです。

by kouribakokara | 2019-02-25 20:23 | Comments(0)

和歌山へ (3)高野山

2019年2月20日水曜日

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翌朝、宿を出て高野山に向かう前に、道の駅龍神のすぐ近くにかかる長い吊り橋を渡りに行きました。日高川の川面から10mほどの高さ、全長57mの木製吊り橋です。朝の冷気に包まれた吊り橋を渡り、向こう岸の皆瀬神社に参拝。
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龍神高野スカイラインはこの日もほとんど他の車の姿を見ることはありませんでした。尾根沿いに走る道路は高度を上げ、気づけば1200m~1300m。車窓から見えるのは雪国のような山の景色でした。近畿地方でも暖かいというイメージの和歌山県で、こんなに美しい樹氷を見ることができるとは。水墨画のような雪景色のなかを1時間ほど走って、車は高野山の立派な大門に到着しました。
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井上靖監修『私の古寺巡礼 四』に司馬遼太郎が高野山のことを書いていて、その最初に「山上はふしぎなほどに平坦である。そこに一個の都市でも展開しているかのように」という箇所があるのですが、まさにそんな感じ。あんなに山道を超えて来たのに、大門から奥の院までの広大な平たい土地に数々の塔やお堂、寺社や墓地が建ちならんで、そこが高い山の上であることを忘れてしまうような空間です。高野山はあまりに広すぎて、半日ですべてを見て回ることはできないということが今回よくわかりました。限られた時間の中で印象に残ったのは金剛峯寺。建物やその内部の趣向をこらした襖絵、日本最大の石庭など渋さとあでやかさ、静と動の対比がアートを鑑賞した後のような余韻となって心に残っています。

by kouribakokara | 2019-02-20 21:05 | | Comments(0)

和歌山へ (2)龍神温泉

2019年2月16日土曜日

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日本三美人の湯のひとつ、龍神温泉へ。高野龍神国定公園のただなか、標高600mの山懐に抱かれた静かな温泉郷です。南部梅林から道のりにして50キロ余り、冬タイヤ+チェーン所持の車のみが通行できる山道を登り、1時間余りで到着。
泊まったのは上御殿という宿で、建物は江戸時代に建てられ有形文化財に指定されています。2月の平日だったせいか、宿泊客は私たちだけという贅沢さ。古い建物に流れてきた長い長い時間をそこここに感じながら、温泉や地元の食材を使った食事を静かに味わうことができました。料理の味をいっそう引き立てていたのは、長く使い込まれてきたらしい紀州漆器や食器の美しさ。これまで宿泊した宿のなかでも、また泊まりたいと思う宿でした。

by kouribakokara | 2019-02-16 12:09 | Comments(0)

和歌山へ (1)和歌山城と南部梅林

2019年2月12日火曜日

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先週、1泊2日で和歌山方面へ家族旅行に出かけました。行き先は和歌山市とその周辺、南部(みなべ)梅林を経て、龍神温泉で1泊、翌日に高野山というコースでした。こちらに引っ越ししてから東へ西へ、そして北には行ったけれど、南方面は初めて。交通手段はいつものように車です。
大阪からだと和歌山市は思った以上に近く、県境を越えたらすぐでした。まずは和歌山城へ。天守と小天守が渡り廊下でつながった連立式の城は巨大ではないものの、さすがに徳川御三家の居城といった風格でした。石垣や階段に使われているのは「紀州青石」と呼ばれる緑泥片岩。その青っぽい色彩が、これまでに訪ねたお城とは違う雰囲気を醸し出していました。
和歌山市内で驚いたのは時間貸の駐車場がそこここにあって、しかも格安。そのうえガソリンが安いこと。たしかに今回の旅で実感したのですが、和歌山は目的地までの動線が長いうえに山がちなので高低差もあり、車が欠かせない所と言えそうです。
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加太漁港でとれた新鮮な魚料理の昼食の後、次にむかったのが南部梅林でした。毎年、南部の梅農家から梅干し用の完熟梅を取り寄せている私は、どんなところで梅が採れるのか見てみたかったのです。で、実際に梅林を見て驚いたのは、その広大さ。勝手に平坦な農園を思い描いていたのですが、実際にはゆるやかな丘陵一帯がすべて梅林でした。「車でまわる梅林コース」という表示に導かれて車1台がようやく通れる狭い道に入っていくと、その道はうねうねと丘陵を上がったり下がったりしながら、梅林の中を延々と続いていました。途中で梅農家の軽トラと譲り合ってすれ違いながら、とろとろと半時間以上も梅を観ながら走って、ようやくにもとの地点に戻りました。梅はまだ三分咲くらいでしたが、底冷えのする空気の中に強い香りを放っていました。

by kouribakokara | 2019-02-12 17:50 | | Comments(0)

手紙の束

2019年2月4日月曜日

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1月は妹と何度か実家に行き、押し入れや物入れの片づけをしました。母は押し入れや物入れの表層部、つまり扉を開けてまず目に入る手前部分のモノのみを使って暮らしていて、腕をぐっと伸ばして届くあたりのモノはほぼ動かしていない状態。何が入っているのか本人も忘れているので、全部出して整理しようということになったのです。始めてみれば、まぁ出てくること、出てくること・・・魔界は思ったより深く、まだ当分は通わねばなりません。
ところで、そんな整理中に古い手紙の束を見つけました。見覚えある封筒、見覚えある字。百通を超すエアメールは、私がシンガポール留学時代からモルディブ在住時代までの間に両親や妹に送ったものでした。80年代初めから半ばですから、海外からの通信手段は手紙が中心、国際電話はオペレーターを通し料金も高額でした。もちろんeメールなんて影も形もない時代に、両親は未知の国に行った娘からの手紙をすべて保管していたのでしょう。
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読み返してみると懐かしいだろう、とすべてもらって帰ったのですが、何通か読んだところで若い自分の未熟さや幼さに失笑してしまいました。あの頃の私、あの頃の記憶は今の私の奥の奥、根っこのほうにあるのだからそれでいいじゃない。そう思って、すべて廃棄処分に。ただその前に写真を数枚撮りました。留学先だった南洋大学(今はシンガポール大学に統合)と印刷された封筒や当時の切手は、蒸しかえるような暑い学生寮の部屋の窓を全開にして、勉強の合間にせっせと手紙を書いていた若い日の自分の姿に再会させてくれました(写真は1981年のシンガポールの切手と1986年のモルディブの切手)。

by kouribakokara | 2019-02-04 21:20 | Comments(0)


海外を転々とする生活が終わりました。行李箱(中国語でスーツケース)で運んだ数々のものたちとともに暮らす日本での生活をつづります。


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旧ソ連体制時代のカザフスタンの片田舎での出来事を描いた映画。背景に映し出されるステップの四季がとてもきれい。

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